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こないだの日曜日には、夢のような楽しいイベントがあったのですが、
それも書けぬまま、もう金曜日。
関係者のみなさん、レポートが遅くなっててごめんなさーい!
私、何が忙しいのかしら、今週。40代、なんだか活動エネルギーが減退しているのかしら、と心配になる。セサミン飲まないとダメか(おじーちゃんがヒマラヤ登山かなんかできてたやつ。笑)。

しかし、今日はその楽しいイベントレポートの前に。

今日は、私の骨折病院に行きました。
先日書きましたが、チタンプレートをはずす手術が延期になり、少々凹んでいる件の続きです。

担当医が、4月から別の病院に転勤になってしまう。
今日は、そのDR.Tにお別れの挨拶をして、もう一人の主治医(私の足の手術は2人がかりでしたもん)がもう一度、後を引き継ぐはずでした。

しかし。
DR.Tの転勤先は、都内の渋谷区(うちと同じ)という。
「再手術を含め、シライシさんの通いやすい方にしていいですよ。どうします?」と言われた。心の準備ができていない、急な展開。
とはいえ再手術後は、また傷口からバイ菌が入らぬように消毒に足繁く通うことになる(前回は、2か月以上、週3回、トールが会社を休んでクルマで送迎してくれた。私はひとりでクルマの運転はおろか、両手松葉杖女は新宿駅経由の電車に乗るのは無理だったから)。
「それならT先生の日赤広尾に通います!」ということに。

だけど、急なことだったので、あんなにお世話になった「外科医は大工」と私を和ませてくれ、手術と診察に追われいつ寝ているのかわからないほど忙しいのに、朝や就寝時間前にほぼ毎日ひょっこり私の病室に顔を出してくれて、勇気づけてくれたM先生に直接お礼を言えないままになってしまった。足を折った日、ICUで私の足をボキッと動かしたM先生。私が、ニンゲンとしての尊厳がゼロ状態の数日間だったにもかかわらず、良きに計らってくれた。感謝感謝である。

この病院とも今日でお別れだなんて。急なことなので戸惑う。

23病院1

車椅子、お世話になったな~。
まさか自分が車椅子のお世話になるなんて、想像もしていなかったな。

23病院2

改築したばかり(元・都立府中病院)で、とてもきれいな病院。この先にローソンやカフェもあり、その向こうに小児病院がある。病院ローソンにはビール売ってなかった(当たり前か! だけど一応、松葉杖で偵察に行った私である)

23病院3

2010年10月17日に奥多摩で骨折して、ヘリコプターで運ばれて、私はこの病院の屋上から入りました。

約1か月半入院した。こんなに長い入院は人生初。こんなに長くトールやマチュや犬と離れて暮らすのは初。
寂しくて寂しくて。
私、ひとりで寝るの嫌いだから。
足は痛いし、動けないし、心細いし、犬はいないし。猫もいないし。つらすぎ。
車椅子に乗れるようになったら、トールやマチュがお見舞いに来てくれるのを、下の道路の見えるラウンジに出向いて待ってて、捨てられた子犬が飼い主を待つように、ずっと窓の外を眺めてた。
やることがなくて、不本意ながら早寝早起きの人になってしまい、朝やたら早起きして、松葉杖練習を廊下でして、ラウンジ行って、遠くに建設中のスカイツリーを眺めたり、西新宿のビル群を眺めて「バドたちはあのへんにいるんだ」と泣きそうになってた。

ほんとは抜糸をして、傷口が塞がり、感染の危険が減るまで数か月入院していなくちゃいけなかったのに、バド爺がいるし、私もおうちに帰りたい一心だったので、強引に退院したけれど、そのために週3回も通院しなくてはいけなくなった。

7仮出所

トールは、よく会社をクビにならなかったと思う(笑)。理解ある会社に感謝。また平日の代わりに土日に出社していたトールに感謝。
2011年の元旦にも、ERで消毒してもらったよね。消毒期間中とその後しばらく通院ばっかりだった。

病院までは、クルマで片道1時間20分くらいかな。甲州街道と東八道路をゆく。
松葉杖でも、自分で運転(左足クラッチ許可)できるようになってからは、トールに迷惑をかけずに、1人で通院した。最初は、2週間に1度、それが1か月に1度、2~3か月にレントゲンチェックに1度と通院の間隔が延びていったけど、全部で何十回、ここを往復したんだろう。
1時間強の移動は、私にとって、楽しいドライブだった。ちょうどいいドライブ時間と道路なんだよね。楽しかった。
それに帰りに三鷹JAで地元の野菜やお花を買ったり、クルマで行ける大型スーパーやマツキヨに行ったりね。けっこう道中、楽しかったのよ。
バドやクパもよく付き合わせた。クルマに乗せていった。今日も、クパを連れていった。(今日メルは、マチュが終業式で午後おうちにいたのでメルはマチュとおうちにいたけど)

ああ、バドは、私が松葉杖がはずれるのを見届けて、死んでいったよなぁ。
きっとバドは、心配してくれていたはずだ。たぶん。わかんないけど(笑)。

もうこの病院に通えないなんて、なんか寂しい。
病院に対して、そういう感情を持つなんておかしいけど。普通は、病気やケガが治って清々するはずなんだけど。
1年半、通ったもんなぁ。

ともあれ、すぐレントゲンを撮っても、そう変化はない。次は6月くらいに、今度から日赤広尾の「骨関節整形外科」で検査です。
私の母はじめ某犬友達の母校の隣り(笑)。「渋谷の白鳥」のみなさまのお近くに参ります。

チタンプレートはずす再手術は、秋になるのかなぁ、どうなんだろう。私の骨次第なんだけどね。
とにかく今後は日赤で検査・手術・入院ということになります。

思い出の多摩総合医療センター。さようなら。
私は、足を折ったおかげで、新しい世界が広がりました。素敵な出会いもありました。ハンディキャッパーの気持ちも理解できるようになりました。
骨折した経験もまんざらムダではでなかったです。

23病院4
“日赤はクルマで行けるの? 今度は有栖川公園散歩に連れていってくれるの?”

白石バドバドかえ
Posted by白石バドバドかえ

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