クーパー(ジャーマン・ショートヘアード・ポインター)、メルちゃん(ボクサー)、まめちゃん(バドが拾った黒猫)と暮らす、犬ライターが綴る犬馬鹿生活。
今日はパッちゃんの誕生日
2016年05月30日 (月) | 編集 |
5月30日は、パチの誕生日。

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何年経っても、やっぱり5月30日は、「今日はパチの誕生日だね」と家族の会話になる。
2007年に亡くなっているのに。ああ、もうパチとお別れして10年も経つのか。
パチの闘病記の記録。パチは耳が垂れちゃった性格の可愛いコーギーでした)
今年はね、パチの花、ジャガランタの花が昨日くらいから咲き出した。
この記事の最後に写真あり

ジャガランタが咲くのは3回目? 14年育てて3回目。今年はなんか頑張れ〜ってパチに言われている気がするよ。
私の黄色靱帯骨化症のことかな。

死んでしまってから10年経っても、パチはパチ。うちの可愛いパチ。
でもそういえばずいぶんいまは、いかついシリーズになっているなぁ(クパメルのことね)。タビィとパチがいるときは、まだワイマラナーがいても、可愛い犬がいる。という雰囲気があったのにねぇ(笑)。

こないだの金曜日に、青山の漢方医のとこに行ったら、
こんな見事なサボテン(サボテンであってる?)の花が。

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あまりに美しく、パワーを感じました。すごい見事。生命力感じた。頑張ろっと。

さっき、初めて「難病センター」の相談員に電話してみたの。
そしたら、やっぱりこの靱帯骨化症、予後が悪くて、それなのに、整形外科医は「手術は成功しているのに、痛みが治らない」ということを認めたがらないことがやっぱり多いそうで、障害者手帳も、来年の難病指定も、却下されることが多いらしく、多くの患者が苦しんでいると聞きました。うー、やっぱりか。

この痛みを1週間、交代してくれたら、どれほど、痛くて、面倒で、夜中も痛くて眠れないか、大量の薬を飲んでいてなおこの痛さ……というのをわかってくれると思うんだけどな。

パチも、股関節の神経痛、前肢の関節痛、いろいろ痛かったでしょう。最後はガンだったけど、でも長年パチも神経痛、きっと痛かったんだろうなぁ、と思ったりします。

だけどパチは、いつも笑っていたな。
うん、いつも笑ってた。

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あのパチの笑顔を思い出し、頑張ろう!


おまけ:
昨年、トールと行ってすごく盛り上がった「大学は美味しい!!」、今年もあるそうです。

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新宿タカシマヤにて。
学生が一生懸命、自分たちの育てた野菜や、開発したハムなどを熱心に説明してくれて、すごく楽しい。そのうえ、学生がやっているから値段もそんなに高くない。
行けたら、私も行きたいです。

でも私、もういま自転車に乗れない身体でして。そうなるとタカシマヤさんが遠い存在になった。電車で行くと新宿駅内をぐるぐる回るしね。歩いていくしかない。うーむ。行けるかしら。

健康なみなさんは、ぜひ「大学はおいしい!!」オススメでーす。

ありゃ! 明日の火曜までだ! わー、もう時間ない!
この土日、痛くて、モルヒネ飲んで、ぐーぐー寝ていたので、浦島太郎になってました。いかん、いかん。
こういうのも、この病気の辛いところ。タイムスリップしているんだよなー。
ああ、もっと時間を有効に使えるように、治りたいよーーーー。

でも、笑顔のパチを思い出し、いつでも泣き言言わないで笑ってニコニコしていた素直なパチを思い出し、私も、グチグチしていないで、前に進んでいこうと思う。
パチ、頑張るからね。ジャガランタのお花の向こうから見ていてね。


バド生誕20年
2014年11月11日 (火) | 編集 |
今日、11月11日は、バドの誕生日です。

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バド、最後のお花見(17回も花見に行けたのはえらい)、犬友達に囲まれて代々木公園にて

2011年の夏にバドは死にました。享年16歳8か月。大往生だったね。

バドが生きていれば、今日、20歳です。

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お友達のボニママ・ラウンジで洗ってもらったあの日

老犬になると、いろいろ足腰弱ってきて、オシッコぽたぽた、ウンチぽろりんとかもあって、
膀胱炎を繰り返すからおうちでカテーテル導入とかもしてるときもあったけど、

バドは死ぬ数時間前まで自分の足で歩いて、外へ散歩へ行った。

私は、バドと過ごせて、犬の飼い主として、たくさんの経験を積ませてもらったし、
自信も与えてもらったと思う。

そしてバドのおかげで、いま私はこんな犬の原稿を書く仕事に携わることができている。
それにバドのおかげで、いま私は、生きている。

ほんと、バドのおかげ。
私の第2の人生は、バドのおかげで始まった。

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バドが14歳のときに、クーパーが来た。
悩んだ末にやっぱりクパを迎えちゃった。
私の愛してやまない7グループ、ドイツのポインターが2頭になった。
こんな幸せなことはない。
クーパーは大事なことは全部バドに教わり、
クパにとってバドはものすごい心の支えだったと思う。いま振り返れば本当にそうだったと強く感じる。

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意外とバド爺ちゃんは、まんざらでもなく、クパを受け入れてくれた。

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バドが15歳のとき、メルまで来ちゃった。笑。

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バドはさみしんぼだから、なんだかんだ言って、多頭の暮らしは好きだったみたい。
そしてメルも、からだも年齢も大きな先輩がいると安心してた。

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夢のドイツ3点セットになった。黄金時代といってよい。

バドが16歳の誕生日は、私は山で骨折して、府中の都立病院に入院してた。
一緒にお祝いできなくて、泣いた。
でも、私は、その翌日(11月12日)外科医の反対を押し切り、病院を脱獄(退院)した。
そして、両手松葉杖(しかもまだ手術のキズがふさがってない重傷患者)で
それでもバドのお散歩に行った。
バドの散歩に行けて、すごくすごく嬉しかった。

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バド爺は、ゆっくり、だけど確実に、筋肉が落ちて、痩せてきた。
食べても食べても、もう太れない。
私たちは毎日バドといるからあまり自覚がないんだけど、
たぶん他人様から見たら、ずいぶん痩せこけた(まるで虐待を受けてごはんをもらってないような)犬に見えたことだと思う。

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でもバドも、いつも一緒に遊びにつれて行った。
もう走ることはできなくても、家族みんなで、群れのみんなと出かけることは、脳と筋肉にとてもよい刺激になっていたと思う。
バドは最期まで呆けずにいてくれた。
死ぬ2時間前にも「ウンチでた!」と教えてくれたもん(笑)。呆けてなかったね。


バドの死後、もっと私は死人になるかと思っていたけど……
わりと大丈夫だった。
それはバドがじゅうぶん大往生してくれたおかげだと思っている。
ゆっくりゆっくり老いて、私に心の準備と覚悟をさせてくれた。
本当にバドには感謝だ。
死ぬのも、私のベッドの中で、腕の中で、眠るように、苦しまず、ゆっくり心臓がトクントクンの間隔が広がって、ゆっくりと鼓動が止まった。
バドは、私が狂わないように、壊れないように、最善の逝き方をしてくれたんだと思う。

バドはやっぱり最高の犬だ。


いまは、別に毎日バドのことを思い出したりはしていない。
でも、ピンチになったらバド頼み。
そして、いいことがあったらバドに報告。
これはいまも変わらない。

まだお骨がおうちにあるのは、どうしたものか……とは思っているんだけどね。

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昨夜、マチュが、バドの祭壇をきれいにしてくれたよ。

バド、マチュはいい子に育っているよ。
バドが赤子のときから護って、相手してくれた子は、こないだ16歳になったよ。

バドは、これからもシライシ家の家族。
これは変わらない。
タビィもパチも、たねちゃんも。

あ、バドが拾ったまめちゃんも元気だよ。10歳半になったよ。

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(めちゃめちゃ画像がでかいから、小さく載せとくよ)

バドの誕生日がくると、
ストーブをそろそろだす季節。

メルが寒い寒いって、ひっついてくるから、さっきようやくストーブつけたよ。

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すぐにクパメルは察知して、寄ってきた。
バドとおんなじだね。

クパメルが、バドのあとを継いで、ちゃんとやってくれています。
ちゃんと? うーん、ちゃんとかどうかはまだ怪しいけど(笑)、でも、ちゃんと。

バド、安心してね。
頑張るからね。

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まだまだ私、犬のために、もっともっと頑張るからね。

バド、ありがとう。
20年経っても、ずっとずっと大好き。


今日は故パチの誕生日
2014年05月30日 (金) | 編集 |
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2006年8月撮影。パチこのとき9歳。最後の夏

今日5月30日は、うちで生まれて、うちで死んだ、パチの誕生日。
陸やロビンたちも同じく今日が誕生日。
やっぱり、自分ちで産まれて、育てた子というのは、特別な思いがある

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産んだのは写真上の立ち耳のタビィ。
パチは耳血腫という病気のため、人生半分くらいを垂れ耳で過ごすことになったけど、垂れ耳コーギーも、雑種っぽくて可愛い。

パチが、10歳1か月で死んじゃった命日は6月25日。2007年6月25日。ああ、もう7年も前になるんだね。生きているパチとバイバイして、もう7年近く経つのか……。ずいぶん昔のことのような、でも、もう7年も経っちゃったのかと速いような。

パチ。
パチが最後の闘病していたときに、いきなり咲いた熱帯地方のサクラのように街路樹で有名なジャガランダ。
この冬、私が枝打ちしすぎて、もう本格的についに枯れちゃったかと悲しくなっていたけど、
先週、葉っぱが芽吹きだしたよ。

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ちょっとパチが帰ってきた気がして嬉しいよ。


バド雪だるま
2014年02月10日 (月) | 編集 |
土曜日、降りましたね〜。
東京は45年ぶりの大雪だってね。積雪27センチ。

土曜日はさすがに塾もお休みになり、(私立入試直前なのに。笑)
ちゅーかそれでもおうちでお勉強しなくちゃいけないのに、
マチュはメルと3時に散歩、6時にパパをお迎え散歩(こういうときだけ喜んでお迎えに行く)。
メルは膀胱炎気味だったので、散歩はちょくちょく行った方がよいということもあったが、どう見ても1人と1匹で雪遊びをご堪能していた模様。なかなか帰ってこないしー。

そしてパパと帰ってきたはずなのに、なかなかマチュが家に入ってこない。
30分以上経っても音沙汰ない。

と、思ったら、玄関先で、道路の雪かきがてら雪を集めて、バドを作ってた。

受験生〜〜〜。鼻水風邪ひいてたくせに〜〜〜〜っ。風邪ぶり返すぞー吹雪の中、雪だるまなんかつくってー。
でも、これはこれでけっこう可愛い童心でもあるので親も手伝うことに。(手伝わないと、いつまでたっても帰宅せずに風邪がひどくなるっ)

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けっこうでかい。スフィンクスのよう。
マチュは「真っ白なきれいな雪じゃなきゃだめー」とうるさい。現場監督として指示しまくり。

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パパ、けっこう雪の彫刻、上手

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鼻の穴も再現。あ、鼻が反ってる!

か)「あ、だめだめ。ドイツのポインターは、マズルの鼻筋はまっすぐじゃなきゃ」
と)「?」
か)「それじゃディッシュ・フェイス(鼻筋が反って皿状の顔)になってる! それだとイングリッシュ・ポインターだよ」
と)「へ?」
か)(黙って私がマズルの上に雪を盛る)

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ビミョーな違いですが、おわかりでしょうか。マズルの上がまっすぐ。それでこそワイマ

ポインターの外貌にはうるさいわよ、私。笑。

ほんとはもう少しマズル細くしないとグレート・デーンっぽすぎるし、耳ももっと長くしたいんだけど、そうトールに注文をつけると、「これ以上細くしたり、長くすると、もげちゃう」というので、そこは妥協した。

でもしっぽが短くて、まっすぐ立ちすぎてて、メル(ボクサー)みたい!とまたダメだし。
トールは「横向きにはできないし、折れちゃうよ」と言われたが、意地でもしっぽは私が補修した。

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けっこう可愛い。けっこう似てる♪

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寒くてパパが退散しても、まだマチュはやっている。

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完成。
雪の中、バドが戻ってきたね。


このあと、吹雪でまたひとまわりパウダーをはたいたようにその夜積もったら、ちょっとモフモフのワイヤーのワイマになったよ♪ (何度か見に行った)(それとクパメルと深夜に近所に雪遊びにも出かけたし)

でも朝、起きて、お日様を浴びたら、スムースヘアのバドになってた。ちょっと溶けたら、スフィンクスがいい具合にバドサイズになってたし。

そして、月曜日の今日。
マチュはいよいよ私立の受験日。

バドの頭を撫でて、受験に出発しました。

バドは最高の、わが家の守護神だからね。


(雪の夜の美味しいごはんはつづきで)



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11月11日はバドの誕生日
2013年11月11日 (月) | 編集 |
バド。私の最愛のワイマラナー。
バドは、11という数字と関係が深い。

お誕生日は、11月11日。1994年(戌年!)生まれ。生きていたら今日で19歳か。
死んじゃった年は、2011年。2011年7月没。享年16歳8か月。

覚えやすいね、バド。

死んじゃった命日より、やっぱりバドといえば11月11日。
昨夜もマチュが「今日がバドの誕生日だね」と言った(深夜0時過ぎまで起きているのは問題だが。笑)。
家族みんながこの日をしっかり刻んでる。

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2006年8月。バドとタビィとパチ。バドの人生の友達は、コーギーだった

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2006年11月のバド。マチュのお下がりのGAPを着てみた

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2006年11月の誕生日のバド。12歳だ

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2006年11月のバド。バドが見つけたダンボールの中で死にかかってたまめちゃん。バドは命の恩人だよ

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2009年11月のバド。15歳だよ。マチュの大切なおにーちゃん。マチュはバドに守られて育ったよ

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↑ 2009年11月のバド(15歳)。9月にはクーパーがやってきた。バドはちゃんとクパの存在を許してくれた。

29仲良し3

↑ 2010年11月のバド(16歳)。10年8月にはメルもやってきた。夢のドイツ3点セット時代。
バドはめんどくさそーなりにも、なんだかんだとチビどもと寝ていた。
クパは1歳超えて大きくなったけど(しかもタマ付き)、バドに対して反抗的な態度を見せたことは1度もない。
犬は、ちゃんとわかっている。正しい犬はちゃんと先輩は敬い、大事にするんだね。

バドは若造どもが来て、きっとうるさかったろうけど、でもバドは子犬のときからタビィとパチと育ったこともあり、多頭飼育が安心するタイプだったんだと思う。バドが、最後にもうひとふんばり長生きできたのは、クパメルのおかげと思っている。

30松葉杖散歩

バドが16歳の誕生日の日、私は骨折してて府中の病院に入院してて、朝、病室から西新宿の高層ビル群を眺めながら、「バド、お誕生日おめでとう。この日に退院できなくてごめんね」と心の中で泣いた。

ま、お医者さんや家族の反対を押し切り、通常ではとうてい退院不可の足のまま、バドの誕生日の翌日の12日に退院してきたけどね。

そんで11月29日からは、バドの散歩にも強引に行き始めた。バド爺ちゃんは、たびたび排泄散歩に行かないと、すぐ膀胱炎になりやすかったからね。バドのためならどんな無茶でもできた。

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2011年4月には太ももにできた爆発した腫瘤をレーザーメスで切除した。ノー麻酔で手術。バドは16歳半でも手術に耐えた。お医者さんと飼い主を信頼して、麻酔なしでも全然動かず、良い子だった。えらかったね。そしてもちろん入院せず、すぐ帰宅し、自宅療養。高齢な分離不安犬を入院させたくないという気持ちを汲んでくれたN先生に感謝だ。


バドとの思い出は、全然色あせない。
思い出せば、こんなにスラスラといくらでもでてくる。


バド。
バドが忘れられず泣き暮らしているということはない。
なんて言えばいいんだろう。
でも、とにかく、バドは、いまも最高の相棒として、私の心の中で、いつもそばにいる。
そんでもって、ここ一番っていう大事なときに、私も(マチュも)いつもバドの遺影に向かって、「バド、頑張ってくるからね! 守ってね!」と、言って出かける。
バドは、シライシ家の小さな神社になってる(笑)。

そういう存在に思える犬と暮らせたことは、本当に誇り。宝物だと思う。

バド、これからも頑張るからね。見ててね。

13愛しいバド
2011年4月。バド、17回目の桜を見る。犬友達に囲まれながら