クーパー(ジャーマン・ショートヘアード・ポインター)、メルちゃん(ボクサー)、まめちゃん(バドが拾った黒猫)と暮らす、犬ライターが綴る犬馬鹿生活。
バド画が届く。感激号泣
2012年02月16日 (木) | 編集 |
まだ凹みの残る昨日、仕事から帰ると宅配便が。
デザイナーのKさんからだ。「額」ってなんだろ。

あ。

16バドの絵

バドだ。

BUD
1995-2011

私は、2011という数字がまたもや琴線に触れ、ぶわ~~~~っと涙があふれてきた。
バドは、11月11日生まれ。「11」がバドを象徴する数字。バドは2011年没なんだー。

(あれ。いま思えば正しくは、1994-2011だけど。笑)享年16歳8か月。

いてもたってもいられず、すぐにお礼のお電話をしましたが、いきなりの涙声で驚かせてしまいました。
Kさん、本当にありがとうございます。
バドは生前、仕事で写真家さんや絵描きさんやイラストレーターさんともこんなにお世話になっていた、というのを思いだし、嬉しいやら切ないやら誇らしいやら、失って悲しいやら寂しいやら。
だけど、やっぱ、誇りだな、バドは。最高だな。それだけフォトジェニック、絵になる犬。

16装丁と

ほら、『うちの犬』と同じ絵だよ。この本の発行が2011年、バドが死ぬ数か月前になったのもそういうことなのかな。バドの遺作になっちゃった(涙)。
でも、自分でいうのもなんだけど、この本、自分で何度でも読み返して「おもしろい~」というかさ、私の思いがいっぱいつまった本だと思っている(詰まりすぎてて、1/3以上削られましたが。苦笑)。
この本は、バドと一緒につくりあげた集大成。バドがいなかったら、私は犬に対してこんな感覚の持ち主にはなっていなかったと思う。


あーあ。バドはもういないんだなぁ。(ため息)

でもクパっちとメルがいるからね。大丈夫。

ついでにオマケ。
先日、久しぶりにナショジオ買っちゃいました。知りあいの先生に教えていただきまして。
NATIONAL GEOGRAPHIC

16ナショジオ

「犬の遺伝子」。こりゃー、とりあえず買いですわね。
そして「野生動物 ペットへの道」も。いろいろ勉強したいことがいっぱいある。大好きな、というかいちばん興味のあるライフワーク的な二大テーマですから。

さらに。「犬の遺伝子」の英語版まで、つい、うっかり購入。
だって、だって、表紙がワイマラナー、ウェグマンなんですもん。買わないわけにはいかん(涙)。保存版だ。
まー、マチュと、日本語版と英語版を見比べて、英語のお勉強でもしましょうかね。

ほんとは、ナショジオを、来月の入院時に読もうと楽しみにしていた私でした……いかん、凹むのをぶり返すのはやめよう。

明日は、神奈川県のねー、農水省の動物検疫所に取材に行くんだ♪ わくわく♪
動物ライター13年半やっている私も、動物検疫所の中に潜入するのは初めてで~す。楽しみです。

バドー、これからもちゃんと頑張るから、見ててね。

あ。シャラシャラと音を立てて、みぞれが降り出したよ。バドの涙かな。バドの合図かな。

犬の国からの便り
2011年10月10日 (月) | 編集 |
先日、仲良しの編集者Mちゃんと、その仕事仲間である素晴らしい絵描きさんより、バドを偲んで素敵な贈り物が届きました。

バドが、犬の国で、タビィやパチと数年ぶりに会って、楽しくやっている様子です。
最初、包みを開けたとき、マチュと、「あ? ああ?! バドだ! タビパチだ!」と歓声をあげました。
マチュはこの犬の国の本が大好きなので、大大大感激でした。

バドは本物より優しそうな顔だけど(笑)、タビパチは似てる。コーギーの笑顔。とくにパチはそっくりだ。

1犬の国より1

しかし、実は宅配便の不手際で、額のガラスが割れていた。
バドたちに会えた感激の涙と同時に、それだけにどうしてくれようかと思うくらい憤りを感じた。
せっかく、バドたちからの、犬の国からのお便りなのに。

本心はすんごく憤っていたんだけど、そこは大人なので、冷静に宅配便屋に電話をし、Mちゃんにお詫びの電話をし、Mちゃんを通じて絵描きのMさんにお詫びを伝えた。


そしたら数日後。
絵描きのMさんのお話しによると、配達途中で額が割れたのは今回初めてだそうで、これもバドちゃんからの何らかの合図というか意志が働いているのではないかとインスピレーションを感じてくれたようで、
なんと、2枚目の絵も届いた。

1犬の国より2

おだやかな、おだやかな表情のバドたち。
ああ、そっちの国で、おだやかに、楽しくやってるんだね。
タビィとパチと、一緒にまた仲良くやってるんだね。
タビパチは、そんなふうにバドに甘えるタチじゃなかったけど(笑)、天国では性格が優しくなったのかな。
あるいは、現世では、バドに対して態度がでかくて気丈だったけど、ほんとは、バドのこと、心の中ですんごく頼りにしていたのかもしれないね。


この絵を見ていると、
黄金の3頭時代の思い出がいろいろ蘇ってくる。
しかも、都合がいいことに、素敵な、いい思い出のことばかり思い出す(笑)。
犬とともに生きた時間というのは、私たち家族の中に、素晴らしい出来事、かけがえのない経験となってるというか……バドたちの人生のすべてが私たちの心をつくっている大事なパーツとなってる。

バドたちは、死なない。
正確に言うと、バドたちは、ずっとシライシ家の一部として存在する。

そして、きっと犬の国から、見守ってくれているはずだ。

Mしろちゃん、Mださん、本当にどうもありがとうございました。
もったいなくて、ポストカードはとうぶん使えそうにありません(笑)。


追伸:今日は、私とトールの結婚記念日。
トールと結婚して、14年。一緒に住んで、22年。付き合って、23年。(いろいろ計算があわないことはスルーしてください。笑)。マチュが生まれて13年。
そのうち、バドがいたのが16年半。
いかにバドが、私の人生の長い時間を、私の人生の大事な期間を、ともに生きてくれたか、よくわかるね。

バド、大好き。バドのからだがそばにいなくなっても、大好き。
バドは私の大事な犬。バドは私の大切な人生の相棒。

ステキな贈り物


追伸2:結婚式の思い出といえば。
私たちの結婚式は、ロサンジェルスの海を望む丘の上の小さな教会でしました。
そのあと、西海岸を、レンタカー借りて(国際免許を私が取って)、ハネムーンというか、家族旅行(私の母、私の姉、彼の姉と一緒に)しました。1週間以上、カリフォルニア州やネバダ州やアリゾナ州をちょろちょろしてました。
10月10日頃のカリフォルニアといえば。これ。
街一色、ハロウィーン・ムードです。

ハロウィン

まちがい。これはトール画伯が書いた、クーパーさんです。
クパの顔は、なぜかいつも、とってもハロウィーン顔(爆)。




バドたちの写真
2011年08月30日 (火) | 編集 |
先日(少し前の話しになってしまったけど)、
公私ともにお世話になっている写真家・Kさんから小包が届きました。

写真たち

写真立てに入ってるのが2つ、そしてそのほかにプリントがいっぱい。
タビィやパチも写ってる。

泣けてきました。
写真の中には、生き生きとした姿の、在りしの日のバドたち。
写真って、文章にはかなわないパワーがあるなと、ほんとにもうぶわ~っと泣けてきましたよ。涙腺の蛇口が故障中なもんで、すぐ漏水する(笑)。

Kさんには今までいっぱい仕事でバドたちの写真を撮ってもらいました。
雑誌の単発のお仕事だけでなく、私の『東京犬散歩ガイド』(通称:青本。都内編)に引き続き、『東京犬散歩ガイド 武蔵野編』(通称:オレンジ本。中央線沿線だから。笑)ではメインで撮ってもらいました。
バドと一緒に、1泊2日強硬ロケ(高尾山や檜原村周辺)にも行ったよね。懐かしいな。

こんなに表情を捉えるのが上手なプロの写真家に、自分ちの犬を撮影してもらうチャンスが多くて、私やバドやタビィやパチはすごくラッキーだと思います。

写真の中の、タビィが笑ってる。
パチはいつもカメラを向けると少し緊張して真面目な顔になる(笑)。
バドは、私のどんな注文にも文句を言わず、どこにでも喜んでついてきてくれて、モデル役をきっちりこなしてくれてる。
仕事の上でも、大事なパートナーだった。

あああ、もうこの栄光のフォトジェニックな3頭はこの世にいない。
マチュがこの写真たちを見つつ、「やっぱりコーギーもワイマラナーも写真映えするね。可愛い。クパメルは、可愛いけど、どーもね、地味だよね」と、こぼしていました(笑)。いまのわが家のニューヒーローとニューヒロインは、地味で表情が写真に撮りにくい「茶色ーず」ですからね。
大丈夫ですかね、ライター・シライシのお仕事の相棒として、クパメルは(汗)。中味も外見も頑張っていただかないと。やっぱ、コーギーとワイマラナーを追加しないと仕事にならんですかね(ガハハ)。

さて、その写真家のKさん。春から被災地のみなさんのために、壮大なプロジェクトを立ち上げ、いま日々ボランティアで邁進されています。
写真の力は、すごいです。
もちろん文の力も頑張らないといけないけど、
真実を伝える臨場感、笑顔を残す力、家族愛や人間愛を伝える現実感は、やはり写真ならではのパワーです。
犬がらみではありませんが、
興味のある方、賛同してくださる方、ぜひ応援をよろしくお願いいたします。

プロジェクトの概要はこちらです。

私も、いつか(足が完全に治ったら。たくさん歩いても平気になったら)、東北被災地3県に行きたいです。
電話取材で春に1本新聞記事を書いたけど……現地に行って、肌でしっかり感じてきたい。
犬猫などのコンパニオンアニマル(牛豚などの家畜でも書いていいなら取材したい)など飼育動物の身の安全を確保することは、飼い主さんの心を助けることにつながると思います。

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そのほか、銀座おとな塾の生徒のパグちゃんちさん、
バドにお花をありがとう。お礼が遅くなってごめんなさい。わざわざ学校経由でまでお花を手配してくださり、よけいに嬉しく思いました。

6月の課外授業の日。バドに会ってもらえて、よかったです。
バドはね、実はあの授業の日が、最後のおでかけ(日々の散歩以外)、最後の奉公(ママの仕事の相棒)でした。
6月21日のことだね。死んじゃったのが7月15日だから……本当にバドってば死ぬまで現役だった。たいしたもんだ。

その日の写真、私ったらまさかそんな大事な日になるとは思ってなかったからバドの写真を撮っていなかった(失敗)。
だけど、バドはちゃんと代々木公園の現場にいます。その証拠写真は、銀座おとな塾のブログをご覧ください(他力本願。笑)

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それと最後にロボママさん!

ああああ、ありがとーーーーーー。もうこんなにお礼が遅くなっちゃってごめんなさい。

17ろぼままさんより

包みを開けるなり、マチュと私は、
「ああ、バドだーーーーーーーー!」と、叫びにも似た感嘆の声をあげました。
ああ、バドだ。ほんとにバドだ。

手作り、ですよね? 本当に心のこもった贈り物、ありがとうございます。

17狙うな
「狙うな! ロックオンするな!」

メルクパに襲撃される可能性が大なので、やっぱり仕舞うことにしました。ガラスのキャビネットの中にキープして、眺めてニヤニヤしてます。もったいない、もったいない。



バドは、こんなに、こんなに公私共々、みんなに可愛がってもらえて、
飼い主としてこれほど嬉しいことはありません。
みんな、本当にありがとう。感謝。   シライシ家一同より。



バドの最期
2011年08月18日 (木) | 編集 |
ひと月以上も書けなかったけど、
ちゃんと書かなくちゃ、けじめがつかない気がする。から、バドの最期を書きます。

18バドの最期1

バドは、7月12日(火)もこんな感じで、それなりに普通に過ごしていました。1日3回の散歩、朝(7時半頃)、夕(5時半頃)、夜中(12時頃)の排泄兼筋肉維持のためのお散歩(各15~20分)も、ちゃんと自分の足で歩いて行きました。家庭内の階段は抱っこだけど、平地は問題なく自分の足で歩いてた。
それまでもじょじょに食欲が落ちていたけど、12日の夜ごはんは、6時半頃に意外とやる気で食べてくれたの。自分でお茶碗のとこまで歩いて、食べた。「よく食べたね。よしよし」と思った。調子よさそうだったから、私はマチュとトール(トールは私と入れ違いで帰宅する計画。できるだけバドのそばに誰か人間がいられるように配慮していました)にバドのお世話をバトンタッチして、7時から私は、お仕事兼ボランティア的な所用で、写真家の友人に犬友達を紹介する会のために新宿へ出かけました。

あとから思えば、あの夜ごはんがバドの最後の晩餐でした。
でもバドはちゃんと食べてくれたから、私はいまでも別に後悔してないけどね。

翌日の13日(水)。朝ごはんを食べない。水もほとんど飲まない。
嫌な予感がした。
そもそもすでにだいぶ痩せ衰えているので、体力や栄養の蓄えがない。
昨日までの安堵感は急になくなり、焦って次の作戦を考えようとした。そのときの胸中がこちら

とにかく水分補給をさせないと脱水症状になる。
少しでも栄養をとらせないと体力がなくなる。死んじゃう。
食べられない、飲めない、というのは、生きものとしてかなりヤバイ状態だ。

だから、少しでもいいから、口に入れて。胃袋に入れて。バド、少しでも栄養をとってよ。
そう思い、14日(木)のお昼から、療法食をゆるく子犬用ミルクで伸ばして、シリンジで与えた。
数時間おきに少量ずつ。いっぺんに強引にあげて気管などに入って誤飲したら、免疫力が下がっているから肺炎など別の病気を併発しそうだから、焦らず少しずつね。

18さいご2

用意していたブドウ糖の点滴もした。水分補給して脱水を緩和させないと。

18さいご3

18さいご4

他人の犬に医療行為をしちゃいけないけど、自分ちの犬にするのなら違法じゃないだろう。
だいたい、もうバドをいまクルマに乗せて、動物病院に移動させることは体力がなくて無理そうだ。
流動食と点滴で、体力が少し戻ったら、大学病院に連れていきたい。別の手だてを考えないといまの薬だけではもうじき死んじゃう、と思った。

バド、とにかく栄養と水分をとってちょうだい。
そしてまたいつものように奇跡の回復をしてよ。今までだって、何度も、なんとなく、復活をしてくれたでしょう。

14日(木)の朝の散歩は、それでもバドは短めだったけどいつもどおりトールと歩いた。
でも14日の夕方の散歩はもう歩く気力はなく、連れ出せなかった。
14日の朝の散歩が、バドの人生の最期の散歩となった。

でも、たまたま14日は、クーパーの学校があったため、もともとトールが仕事をお休みしていた日だった(私が仕事でクパを送迎できないため)。だからトールは14日は1日中、バドと一緒にいてくれたの。トールの観察によると、バドは14日の午前中、自分でちゃんと立ち上がり、お水茶碗まで歩き、少しお水を飲んで、そしてまた自分のベッドに戻っていったという。
つまり、バドは死ぬ12時間前まで、ちゃんと自分の足で歩いてたということ。
バドが寝たきりになったのは、わずか半日(それくらい昼寝分だね)。

バドは、死ぬ2日前まではちゃんとごはんを食べた。
前日までは散歩も行った。自分の足で動いた。
立ち上がるときなどのオシッコ垂れやウンチのぽろりんはあったが、基本的に大部分の排泄行為はちゃんと外で自分の意志と筋肉で排泄をコントロールしていた。

なんて、バドは、親孝行な犬なんだろう。
なんて、バドは、死ぬまで動物としての尊厳を持ち続けた犬なんだろう。
本当に私はバドを誇りに思う。


だけど、私は、14日(木)の夜、バドが今までになくピンチだと、どうやらうすうす感じていたようだ。
仲のよい、昔からバドを知っている近所の犬友達3人にメールを送った。
「バドが危篤です。たぶんもう長くはないです。生きているうちに会いに来てね」

そしてちょうどその頃、たまたまカイパパが私にメールをくれた。バドに新鮮なブルーベリーを産地から送ってくれると。
でも私は「もうバドは食べられそうにありません。でもありがとね」と返信した。

いま思えば、なんで私は、あの夜、そんな確信があったのか、わからない。
だけど、飼い主の直感って、やっぱり当たるというか、
バドは私の心にさよならのテレパシーのようなものを柔らかく送っていたように思える。
私は取り乱して泣くような状態ではなかったけど、でも、バドがもう長くない予感に包まれてた。

だけど、そうはいっても、その晩とは思っていなかったはずなんだけど。
バドは、それから4時間後くらいに息を引き取ったことになる。
飼い主の直感は、みなさん、大事にした方がいいと思います。

その後、私のメールを読んで、すぐ電話をくれたBママ。
「まだ昨日まで自分で食べてて、今日まで動けて排泄できているなら、今日明日に死ぬってことはないから。ハスキーさんちは食べなくなって3週間くらいは寝たきりになってた。だから花絵ちゃんはしっかりするんだよ。じゃ土曜に行くからね」

私も、昨日まで食べて、歩いているバドが、今日明日に死んじゃうってことはさすがにないだろう、と少しは思ってた。
だから自分がお風呂に入ったあと、トールに「バドを(2階の)リビングから、(1階の)寝室におろしてあげて」と軽く頼んだ。まだ数週間は介護が長丁場になるだろうから、私の体力温存も必要なので、自分はちゃんとベッドで寝ようと思ったのだ。

そうしたら、バドが階段抱っこでおりているときに、トールが抱きかかえている途中でまた痙攣をした。そして下血のように黒い水様便も。

バドは泡を吹き、ガタガタして。
お尻もウンチで汚れたので、取り急ぎ、お風呂場に寝かせた。
でも、バドがそのままお風呂場の床で、心停止し、呼吸も止まってしまった。もう肋骨が動いてない。心臓も動いてない。

まさか! そんな馬鹿な!

私が、バドを階下に動かすように言ったばかりに、
バドが、こんな急に、痙攣起こして、死ぬなんて!

そんなのだめ! 

私は、お風呂上がり直後で裸ん坊のまま、「バドー! だめ! 死んじゃだめ!!!」と、昔動物病院でやった心臓マッサージのように、左胸を数秒ごとに強く圧迫した。
こんな硬い床でバドを死なすなんて、いやだ!


……そしたら、バドが、生き返った。
心臓がまた拍動を始めた。呼吸も戻った。
いま思えば、また脳貧血状態の痙攣だったのかもしれない。
でも、とにかく、よかった。
バドは、三途の川までいったん行ったけど、呼びの利く犬だから、「ママが呼んでいるから、もどろーっと」と戻ってきてくれたんだ。
急いで用意していた酸素をシューシューと与えてみた。


でも、下血をしたということは。
前回の痙攣時も下血はなかった。
タビィがかつて死ぬ数時間前にも真っ黒い水様便をした。もう腸でなにも水分も栄養も吸収できない臓器不全状態になっている気がした。もう、これはじゅうぶん、危篤状態と言っていい。今夜が山のような気がする。

だから、トールに頼んだ。
「今日はバドは人間のベッドに寝かせる」

トールは、最初は「ええー」と言った。きっとトールは今夜バドが死ぬとは思っていなかったから、そんなに甘やかせると明日から大変だよ、という意味だったんだろう。でも、私にはたぶんわかってた、おそらくバドにはもう明日や明後日はない、仮にあったとしても、分離不安で要求する体力も残ってないよって。

「私はバドとベッドで寝る」

ここまで断言されたら、トールは反対できない。
人間ベッドに新たにマットを敷いて、フカフカにして、バドを寝かせてやった。

バドは、穏やかな顔をしてた。

バド、最高でしょ。ママと一緒に人間ベッドで寝られて。

18さいご5

子犬のとき、わが家にきた初日の夜と、
そして、わが家を去る最後の夜だけ、バドは私とベッドで寝たことになる。
正確にはもう1回あった。タビィが死んでバドが少しへんだったとき、バドをシャンプーしてピカピカになった夜、酔っぱらった勢いでトールに頼んでうっかり一緒に寝ちゃったこともある。

バドとは、この状態で、3時間弱ほど一緒にいた。
さっきの痙攣がウソのように、呼吸も安定し、心臓も(少しは不整脈だったけど)安定していた。
痛そうな声や苦しそうな呼吸音もしていない。ちょっと薄目をあけて、ウトウトしていたバド。

途中で、「うおう」と1回鳴いた。どうしたの? 痛いの? と思ったら、次の瞬間、プゥ~ンとウンチ臭が。
寝ながら出ちゃったんだね。でも、つまりバドは、そのときまで頭は呆けておらず、排泄した感覚もあり、「ウンチがでたよ」と教えてくれる自覚もあったということだ。
「バド、えらいね、まだちゃんと意識がしっかりしているんだね。はいはい、きれいにしてあげるね」

死ぬ直前まで、意思の疎通ができる、ということもすごく幸せなことだったと思う。

ウンチがでてから、1時間もしないうちに、
私もついウトウトしていたら、
バドの呼吸音が少し変わった。
速くなったのではなく、深い呼吸に変わった。
すぐにトールを起こした。苦しそうではないけど、なんかわかった。
その数秒後、いや数十秒後かな、でもたぶん1~2分もない短い時間のうちに、
バドの呼吸が止まった。肋骨が上下に動かなくなった。
そして、そけい部の脈もゆっくり弱くなり、ついに止まった。

「バド、えらかったね。本当にいい子だ。ありがとう」
私とトールはバドの頭やからだを撫でながら、脈がなくなっていくバドにお礼を言った。
死んじゃだめ、とは私はもう思わなかった。まだ死ぬな、まだ頑張れ、とはもう言わなかった。

こんなに長く生きてくれてありがとう。
さっき、お風呂場で、私が後悔しそうなタイミングに死なないでくれてありがとう。
最後まであんたは私のことを考えて、いちばん私が望む死に方をしてくれたね。



だから、私のペットロスのダメージが少なくなったのではないかと思います。
私が望む死に方。まさに、そうです。やはり泣けてきます。
バドは、甘ったれで、分離不安で、いろいろ面倒なヤツだったけど、
私を観察する天才ストーカーなだけに、私の望むことを見抜いていたのかもしれません。
こういう芸当ができるのは、甘ったれで繊細でワンオーナーで、意外と妙なとこが冷静で、知能の高いワイマラナーならではないかと思います。


でもバドが完全に死んでしまうと、
やっぱり滝のように号泣しました。
「バドの体温がどんどん冷たくなっていく。硬くなる。いやだ、バドが冷たくなるのは」と、バドに覆い被さってバドの体を温めようとしたり、
「バドを焼いて、バドがこの世からなくなるなるのはいやだ。どこか一部分を切りとってでも残しておきたい。この前足がいい」と、自分でもかなりクレージーな発想だといまなら思うような発言をして、その晩トールを困惑させました。

18さいご6

タビィやパチのときには思わなかった衝動です。
最愛の者を失うとき、人が狂気に走る感覚が少し理解できました。

それくらい、バドは私にとって、なくてはならない存在、私の一部だったのだと思います。

7月15日(金)、日付が代わったばかりの深夜2:51AMにバドの命が終わりました。
2日前まで自分で食べ、1日前まで自分で歩き、
ぎりぎりまで自分の力で生きてくれた、バドは素晴らしい、誇り高き私の相棒です。

享年16歳8か月+4日の犬生でした。




バドのいない生活が10日過ぎて
2011年07月26日 (火) | 編集 |
バドがいなくなって10日間あまり。

26花の埋もれて

私は馬車馬のように働いていました。

私の可愛い犬猫たちは、いつもそういうタイミングで、お空に上がっていく。
翌日荼毘に伏す日は仕事が最初からオフだったり、まだ休める日なんだけど、
そのあとから絶対に休めない、涙するヒマもないような修羅場がやってくるタイミング。

黒猫たねちゃんのときは『犬と住む家』の編集長で最後の色校正の前々日だった。たしかタビィも『東京犬散歩ガイド武蔵野編』の印刷入稿直前だった、そしてバドも『I'm home』編集長と数年ぶりに取材&撮影に行く前々日なうえ、アナログ放送停波1週間前。
あいつらは、わざとそういう日を選んで、死んでくれているような気がする。
「ままはヒマがあると泣き続けるから、働いてこい!」って言われているような。
親孝行なヤツらだ。
そうなの。思い出してどうせ泣いて廃人のように泣き続けるのなら、むしろがむしゃらに働いていた方が楽。
そして修羅場が終わったあとに、「さあ、時間ができたから、泣きましょう」というのも変な話し。
泣かないで、頑張れて、乗り越えようとできているんだから、
「いまさら、後ろを振り返るな。前に向かって、明日に向かって、ままは生きていけ」
と、たねやタビィやバドに言われているような気がする。
可愛くてまだ10歳に満たなかったパッちゃんはそこまで私を叱咤激励するタイミングではないときに死んじゃったけど、それはパチらしいご愛敬かな(笑)。

26新宿の空

昨日は仕事の合間に、遅いランチをこんな眺めのいいとこで食べたよ。西新宿の高層ビル29階。
空に近かった。バドに近い?
バドたちは、いつもこんな眺めのいいところから、下界の私たちを見ていてくれるのかもしれない。


さあ、今日は本業をやらなくちゃ!
コラムの原稿を2本も手つかずのまま溜めている。〆切は今日と明日だ。
泣いているヒマはまだないぞ。

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前回ブログに書いた後も、
たくさんのお花や貢ぎ物をありがとうございます。届いてます。お礼が遅くなり、すいません。

エルミー兄さん(バドのネームチョーカーをブレスレットに改造したいです)、サーシャさん(オレンジ本で取材させてもらったペタルさんのお花だ。ペタルさんからついにバドにお悔やみのお花が届いてしまい、嬉しいけど、時の流れを感じます。バドはさんざん武蔵野編の撮影に駆り出されて、立派に務めてくれたもんです。たしかすでに13歳かそこらの老犬だったのにね。笑)、アメリカのバールんち(カードを読んで私は号泣しました。私もそう思います。バドの死に方は飼い主冥利に尽きます)、葉山のYさん(人間の本名だとピンと来なかったんですが、しっぽコギさんちですよね!?)、編集友達のM&Cさん(昔はさんざんバドを撮影に使ってもらったよね)、そして取材でたびたびお世話になってるケーナインアンリミテッドのNご夫妻(『犬と住む家』で撮影させてもらったセッターのダイちゃんも……お悔やみ申し上げます。やはり夏を前に気温や湿度がどんどん変化する季節の変わり目であるこの時期は、老犬には厳しいときなんですね)。
美しいお花たちで、シライシ家の心を慰めてくれてありがとうございます。こんなにお花でいっぱいになるのは、シライシ家初かも。それだけバドは、長きにわたり私の公私ともにパートナーだったんだと改めて思いました。バドはシライシカエの代名詞なんだよね。

ザイオンちは、私を励ますために、なぜか(笑)マチュに食べ物と、クパメル&まめちゃんにおやつの貢ぎ物。たぶん「ママが早く元気になるように、周りの者が頑張ってね」ってことだね。ムテキ、ついにバドも遅ればせながらそっちに行ったから、同じワイマラナーとして犬の国の案内をよろしく頼むね。

そしてバドがもう危篤かもと思った数時間前に「今年もブルーベリーを送るね。バドに食べてもらって」とメールくれて、贈ってくれたカイパパ。
それと同じく「夕張メロンを送るから。でも今年は雨が少なくて収穫が遅くなっているから8月になるけど、バドに食べてもらって!」と7月中旬に手配してくれたリッピママ。
メロン、今日、受け取りました。
ブルーベリーも、夕張メロンも、バドに間に合わなかったけど(いかん、また涙が溢れる)
みんなの愛はきっとバドにも届いてる。

ありがとう。ほんと、みなさん、ありがとう。
犬友達って、ほんと、いいね。

みんなの愛犬や愛猫が元気で生きているうちに、
いっぱい犬友達、猫友達、動物好きな友達をつくっておくと、いいよ。
そしたら、いつか来るであろうお別れのときに、きっとペットロスが軽減されるし、いずれ必ず立ち直れる。
「たかが犬が死んだくらいで」って言う人ばかりが周りにいたら、ダメージが増える。立ち直れない。
だけど、この悲しみを共有してくれる人間がいたら、きっと復活できるから。
大事な四つ足の家族がいなくなる切なさをわかってくれる人の存在は大事です。
いまも届くコメントやメールの数々。それらによっても私はだいぶ救われてます。
みんながバドを好きでいてくれた。みんなが私とバドの関係を認めてくれてた。嬉しいよ。

みんな、ありがとう。
ばど吉、とりあえず、今日は、青山の里親募集犬たちの譲渡会を取材した「犬との出会い方の新しい選択肢」のコラムを書きます。明日は「犬の残暑対策」です(これもバドに間に合わなかったけど。バドのために自分が知りたくて企画した内容だったのに。涙。いや、泣いてる場合じゃない。まだ生きているみんなのために書くんだ!)。


26メロン1
“なんだ、なんだ、初めて嗅ぐ高級な、かぐわしい香りだぞ"

クパメルは元気だよ。
私はやっぱり多頭飼いじゃなかったら、生きていかれない。
バドがいなくなったあとに、クパがいてくれて、助かった。
私は、7ちゃんずがいないと、生きていかれないよ。
クパの茶色い牛のような頭をぐりぐり撫でながら、毎日そう思う。

26メロン2
“メロン・フレーバーの新しいオモチャかな!?"

メルっ! メロンはボールじゃないってば! 触るな、転がすな!!
メルは相変わらず毎日笑わせてくれる。泣いている場合じゃない。それも、ありがたい日常なんだと思う。